ところで、、歌とはいったい何だろうね、ブラザー。
動物も歌を歌うかもしれないが、オリジナルの歌を作ったり、拡大再生産したりはしないから、音楽っていうのは、人間に特殊な能力かもしれないな。
しかし、それにしても、この歌はどうなのさ。かつての成功体験から抜け切れずに書いたような、昭和の残骸のような歌だよな。歌によって「いまを撃つ力」なんて、どこにもないよ。
コンポーザー・チーム(阿木 燿子×宇崎竜童)も、もう作るものがなくなってしまったのではないか。
そして、歌い手の森昌子にしても、歌いたいかね、こんな歌。新曲みたいだけど。
時代を打ち抜く力のある歌ってのは、やっぱり、ジャンルを超えて凄味があるですよ。その力のことを、<必然性>っていうのではないか。そうだよな、ブラザー。
そういう意味では、森の新曲には、歌の持つ<必然性>なんてこれっぽっちもないんだわさ。そのことに自覚的でない歌手には、もうポテンシャルは残っていないのではないかしらね。
もしかしたら、巫女、あるいは時代の歌姫としてのちあきなおみは、そのことに気づいて身を引いたのかもしれないと、いま、ふと思ふんよ。
南~無~。