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被災地鎮魂の歌旅2013 (1)

【2013年7月6(土)】

 2年前に<チーム金子>で訪れた被災地を再訪しようと、5人で車に乗って旅に出たってわけなのさ。
 その過去ログはここよん。
 072.gif【2011年8月6日(土)】 海に向かって鎮魂歌をⅠ@石巻港。
 072.gif【2011年8月7日(日)】海に向かって鎮魂歌をⅡ@仙台空港近く、そして、阿武隈川河口。

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 あのですね、結局、ボクらに出来ることといえば、あの時の気持ちの火種を絶やさぬよう、何度も何度も現場を訪れて、現場からのインスピレーションを感じ続けるしかないんですよ。

 2011年3月11日のあの日を起点に、日本人であれば誰もが感じた、「何かをしなければ!!」っていう気持ちや、「自分に出来ることって、いったい何なのだ!!」っていう情動を、キミはもう忘れてしまったっていうのかい。

 ボクらはそうはいわせないぜ、決してね。
 こっちだって、余裕のよっちゃんで生きている身ではないからさ。
 やれるこだけはやっておきたいって素朴に思っているだけなんだ。

 というわけで、だからこそボクらは旅に出るのさ、<チーム金子>としてね。

 さて、前日借りたレンタカーで、夜8時半過ぎに新川崎を出発し、途中トイレ休憩を挟みながら東北道を北上し、陸前高田をめざす。
 <奇跡の一本松>を見るためにだ。

 約9時間後、ボクらはここにいた。 
 時刻は、午前5時を回っていたよ。

 (1)陸前高田<奇跡の一本松>

 恥ずかしながら、ここに来るまでこの松がここにあることは知らなかったんだ。
 一度改修されてここに立てられたんだけど、余りにも以前の松とは姿が違い過ぎるっていう市民のクレームで作り直しをしたってのは聞いてたんだけど。
 その松がこれだったのか。
 復興のシンボルというわけだな。
 もっと時間が経つと、ここに観光バスがやって来るだろう。
 誰もいない静かな時間に来られたのはよかったよ。

 それにしても、木全体が作り物めいていて精気はないのが、かえって痛ましい感じなんだ。合掌。

 2年前の4月にこのまちをボランティアツアーで訪れた時の実感をアーカイヴしておくよ。
 072.gif三陸・陸前高田と岩手湯本温泉ツアー参加記(1)
 072.gif三陸・陸前高田と岩手湯本温泉ツアー参加記(2)─①
 072.gif三陸・陸前高田と岩手湯本温泉ツアー参加記(2)─②

 この時の気持ちをいま思い出そうとしても、同じようにはもう書けないな。
 早くに現場を見ておいてよかたし、当時の気持ちをその時に書きとめておけてよかったよ。
 やっぱり、記録することは力なんだな。

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 早速、鎮魂の歌を数曲歌う。
 ボクらは、このためにここに来たんだよ。

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 この日は、最終的に仙台市内に宿泊する予定にしていたので、ここから仙台に向けて南下することにしたのだ。
 ざっと、こんなところを巡ったのである。

 (1)陸前高田<奇跡の一本松>
 (2)気仙沼
 (3)雄勝で昼食
 (4)女川
 (5)仙台市内(一泊)

 (2)気仙沼

 またまた恥ずかしながら、この船のこともここに来るまで知らなかったんだ。
 解体するのに数億かかるらしい。
 震災の記憶として残したいという人と、忌まわしい記憶の象徴なので、ここには残したくないという人とがいるとのことである。

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 寒いと困るなと思って、そのための衣類も準備して来たのだが、結局、この旅では不要だった。
 日が昇るにつれて気温がぐんぐん上がり、夏模様となる。
 近くのコンビニに寄って、写真集を購入。プレハブ店舗なのだった。

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 写真集のタイトルの下に見える船がこの船なんだ。

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 石巻方面に車を走らせる。
 気仙沼のまちを訪れたのは今回がはじめて。
 陸前高田と決定的に違っていたのは、陸前高田はすべてのものが流され、まち自体が消失してしまったので、2年を経てもいまだにまちづくりに着手出来ていない様子だったのに比べて、気仙沼は建物や港湾施設といった経済基盤がまだ残っていて、驚いたことに、復興のエネルギーというよりも、もともとこのまちが持つポテンシャルの高さがうかがわれ、ふつふつとたぎるようなまちのエネルギーを感じたのだった。 これじゃ、熱海の方がよっぽど死んでいるなと直感したわけなのだ。

 被害の様子は被災地でそれぞれ違っていることは発見だった。当たり前といえば当たり前かも知れないが、この当たり前さえも現場に来なければ気づけないってことが大事なんだ、ボクにとってはね。

 (3)雄勝で昼食

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 〝てらっぱだげ〟の店の名前の由来を聞いたところ、「寺の畑」ということだった。
 津波で流された元の店の場所が寺の畑の近くだったらしく、お客の要望に応えて店を再建したとのことだ。
 ここで、各自そばをすする。そば意外にメニューはない。うまいそはなり。

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 (4)女川 

 前回も訪れた高台にある女川町地域医療センターへ。

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 ひっくり返ったビルは2年前のままだった。

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 高台にあるとはいえ、波はここまで来たというのである。
 下におりてみたが、石巻線の終点である女川駅の建物も線もきれいに取り払われていたのだった。

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 (5)仙台 

a0141884_13532891.jpg 仙台に到着。
 ホテルにチェックインしたのが、午後4時半過ぎ。

 ちょっと休んで、みんなで駅まで歩いて牛タン専門店で晩ご飯。





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 仙台のまち、にぎやかだね。
 最近、地方もいいなって思い始めているのである。
 晩ご飯を終えてホテルに戻る。

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 夜も部屋で歌う。ドライバー役のどんぐり氏は、ここまで睡眠なしで仕事をしていたので、ベッドで爆睡中。
 運転ご苦労様でした!!

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 2日めにつづく
by misaochan3x6 | 2013-07-10 20:47 | トラベローグ


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