カテゴリ:まんが道(みち)( 58 )

3連休の最終日、ちっともアガらないボクを元気にさせたおいしい話について。

【2016年10月10日(月)・

 広島からの出張直後の3連休の最終日。

 まったくもって特記事項のない日々を過ごし、晴れの特異日であるけふもけふとて、天候は曇りで、何だかちっともアガらない日なのさ、ブラザー。
 まあ、このジャポンの戦後70年数年来の憲法のおかげで、戦(いくさ)に取られないだけまだ十分に幸せだよねとは思いながら、夕方、ちょっとチャリで外出したあと、帰宅後にパソコンを開くと、何と何と、とてもとても素敵なニュースが!!

 浦沢直樹の不倫報道なのだ!!

 やたっ!! 

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 ボクは、日頃から彼のことはいろいろと気にかけていた身だったので、ほとんど同年代として、この度のことは、まったくもって胸のすく思いで、溜飲が下がる出来事だったのあります。


 ありがとう、浦沢直樹、やらかしてくれて。
 やったね、パパ!!あしたは、ホームランだ!!





 それにしても、漫画家の女性がらみのスキャンダルは、40年以上前の赤塚不二夫の美人局スキャンダルくらいしか記憶にないのだが。
 浦沢、これを機会に堕ちてくれっ!!

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 調子こいてたらアカンよ。「まんが道」に外れているのでね。

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by misaochan3x6 | 2016-10-10 19:02 | まんが道(みち) | Comments(0)

誰もが「こち亀」を好きなわけではない。

 「こち亀」連載40週年。

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 メディアはこぞって連載終了を大きく取り上げているのだが、誰もが「こち亀」を好きなわけではない。
 山止たつひこなどというふざけたペンネームで漫画家生活をスタートさせたこの男のスタンスが、まずはいやだったよね~、ボクは。
 山上たつひこをナメとるよ、そもそも。

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 そして、劇画の絵柄でギャグを描く姑息なスタイルも、好きになれない理由のひとつだ。

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 おのれの絵のヘタさを、劇画の絵柄を借りて、一見ウマそうに見せる<偽装>をほどこしたところに、この男の深いギルティーがあるのだ。
 ヘタウマは芸になるのだが、ウマヘタはアカンですよ。それを芸とは誰も呼ばない。

 ヘタウマの秀作例▼

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 いや、それよりも何よりも、この男は、40年間、ちっとも絵がウマくならなかったよな。

 作画家には、そのキャリアの中で、必ず〝画力のピーク〟というものが訪れるのだが、この男にそのピークはついに訪れなかったのだ。
 40年間、作家としてのその見せ場を放棄しながら<偽装>に勤(いそ)しんだそのスタンス、堪えられん!!

 ついでに、アトリエびーだまというプロダクション名も、何だかあざとくて、いやだよね~。
 年齢は、今年で64歳なのか。かーっ、ぺっ!!

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 さあ、口直しにこの歌を聴こうっと!!


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by misaochan3x6 | 2016-09-19 15:26 | まんが道(みち) | Comments(0)

「カムイ外伝」とわたくし。

 先日、通勤途中の朝、地元の地下鉄駅に向かう道すがら、道端に打ち棄てられていた「カムイ外伝」(虫プロ商事/1973年発行)を拾う。
 そして、全編を通読。

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 こんな機会でもなければ読破することもなかったと思うと、まったくもって、出会いとは不可思議なものなり。
 初出誌と単行本データをウィキってみましたよ、ブラザー。

「週刊少年サンデー」に不定期連載、全20回

  1.「雀落し」※初出:1965年5月16日号(21号)
  2.「飯綱落し」※初出:1965年6月13日号(25号)
  3.「月影」※初出:1965年7月11日号(29号)
  4.「むささび」※初出:1965年臨時増刊号(夏休みまんが号)
  5.「五ツ」※初出:1965年8月8日号(33号)
  6.「木耳」※初出:1965年10月10日号(42号)
  7.「常風」※初出:1965年11月7日号(46号)
  8.「九の一」※初出:1965年12月12日号(51号)
  9.「暗鬼」※初出:1966年1月9日号(2号)
  10.「空蝉」※初出:1966年1月23日号(3号)
  11.「下人」※初出:1966年5月15日号(19号)
  12.「狂馬」※初出:1966年6月12日号(23号)
  13.「天人」※初出:1966年7月10日号(27号)
  14.「移し身」※初出:1966年8月7日号(31号)
  15.「老忍」※初出:1966年9月4日号(35号)
  16.「抜忍」※初出:1966年10月9日号(40号)
  17.「黒鍬」※初出:1966年11月13日号(45号)
  18.「追跡」※初出:1966年12月11日号(49号)
  19.「りんどう」※初出:1967年1月8日号(2号)
  20.「憑移し」※初出:1967年1月15-22日合併号(3・4合併号)

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単行本
  1966年:ゴールデンコミックス『カムイ外伝』全2巻 ※前半16話分のみの収録
  1970年:現代コミック6『白土三平集』(双葉社) ※第11話「下人」のみを収録
  1972年:COM名作コミックス『カムイ外伝』(虫プロ商事) ※全2冊版
  1973年:COM名作コミックス『カムイ外伝』(虫プロ商事) ※全1冊版
  1976年:旧小学館文庫『カムイ外伝』第1巻から第3巻
  1978年:ロマンコミック自選全集『スガル』(主婦の友社) ※第8話「九の一」のみを収録
  1983年:ビッグコミックス『カムイ外伝』第1巻から第3巻
  1994年:小学館叢書『カムイ外伝』第1巻から第2巻途中まで
  1997年:小学館文庫『カムイ外伝』第1巻から第2巻途中まで
  2006年:ビッグコミックススペシャル『カムイ伝全集[外伝]』第1巻から第2巻途中まで
  2009年:マイファーストビッグスペシャル『カムイ外伝(映画表紙版)』(コンビニ本)上巻から中巻途中まで
  2011年:マイファーストビッグスペシャル『カムイ外伝』(コンビニ本)第1巻
  CD-ROM1997年:小学館MANGAROM『カムイ外伝』 ※効果音付
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by misaochan3x6 | 2016-07-31 18:28 | まんが道(みち) | Comments(0)

漫画家 阿部兼士について。

 わお、阿部兼士は、日の丸文庫(大阪の貸本の版元)出身者だったんやね~。

【関連スレッド】
 こんなんみっけ/まんがサンキュー 19601965年11月号
 週刊少年マガジン 1969年3月2日号⑩

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by misaochan3x6 | 2016-06-28 21:49 | まんが道(みち) | Comments(0)

横山光輝の描線変化と〝劇画インベイジョン〟。そして、影丸譲也のこと。

 ふむう、そうか、こんな絵を見せられると、改めて横山光輝の描線からも〝劇画インベイジョン〟の進行振りを見て取ることが出来るのだ。

 暗殺道場 (1969)
 
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  死神主水 (1972)
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 絵描きである横山も、食わんがために絵柄を変えて時代の流れについて行かざるを得なかったのだろう。
 しかし、描線の劇画化は、石ノ森章太郎ほど成功はしなかったように思われる。
 最後は、ストーリーテラーとしての才が、このリノベーションの不完全を救ったのである。

 それでもボクが好きなのは、やっぱり少年マンガの頂点である横山のこの流線なのだが。

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 それにしても、横山がこの流線で持ちこたえられたのは、1967年までではないだろうか。

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 1968年の「地球ナンバーV-7」では、その流線に変更を余儀なくされ、線にザラついた荒さを要求されているのである。
 その頃、小5だったボクの実感からしても、もう少年たちは、かつての手塚治虫や横山の丸っこい描線には飽き足らなくなっていたのは確かなのだ。

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 1968年の「月刊少年」の劇画化傾向は、その象徴ではないだろうか。
 2月号には、大阪の貸本マンガ出身の劇画家である影丸譲也の「大城塞」が、「影丸譲也劇場②」として載っているのは、破格の扱いなのである。
 どうやら読みきり連載物企画らしく、続く3月号では、「鉄砲弥太」という作品が載っている。
 また、このマンガ誌には、先行して、同じく大阪の貸本マンガ出身の劇画家であるさいとう・たかをの「ザ・シャドウマン」も連載されていたのだった。

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 余談だが、この2月号のふろくには、「はだしのゲン」の中沢啓一の「超艦不死身」という作品が付けられていることを発見した。

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 主人公の眼の焦点がまるで合っていないが、この作画で大丈夫なのか!?
 とはいえ、48年前の作品であり、作者の中沢啓治ももはやこの世の人ではないので、彼の作画家としてのこの汚点は、もはやぬぐいようもないのだが。

 ちなみに、巻戻るが、「月刊少年」の1968年新年号の「影丸譲也劇場①」は、「堂々開始!!少年誌ではじめての80ページ大連載時代劇画!!」と銘打った「死鍛冶」という作品なのだ。

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 おお、あらためてよく見ると、「月刊少年」1968年3月号の4大ふろくの1冊には、これまた大阪の貸本マンガ出身の劇画家である佐藤まさあきの作品がフィーチャーされているではないか!!

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 この劇画ストリームの渦中で、劇画化傾向にあった「月刊少年」末期の連載陣の中に、横山光輝の「グランプリ野郎」も飲み込まれて行ったのである。

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by misaochan3x6 | 2016-06-26 23:55 | まんが道(みち) | Comments(0)

変身忍者嵐を端緒とした描線の闘いについて。石ノ森章太郎と手塚治虫の場合。

 「変身忍者嵐」は、週刊少年マガジン(1972年10号~41号連載。全12話)連載時に一度だけ本誌で読んだことがあるんすよ。
 当時、ボクは中三(14歳)だったかな。いまから44年前のことなのだ。

 当事者ではないあなたにはずいぶん昔のことのように思われるかも知れないけど、本人であるボクにとっては、〝ついこの間のこと〟なのである。

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 さて、その後、ずいぶん経って大人になってから、大都社版の単行本上・下2冊を買って通読しようとしたのだが、全体を通した作品のトーンが余りにも暗くてちっとも頭に入って来ないので、結局、その本は全部を読まないで売ってしまったのだった。

 しかし、絵はスゴいのである。画力のピークを迎えた素晴らしい描線なのだ。
 絵的には手塚治虫の系譜にある石ノ森が、その描線の中に〝劇画〟を血肉化させた絶頂期の線を見ることが出来るのである。

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 残念ながら、その後、このピークはすぐに凋落し、石ノ森は、自らが自らの描線の摸倣化を強いられるという自己矛盾に陥り、堕落てしまうのだが。 
 劇画の描線を体内化して描線の頂点に達し、そして堕落した彼は、やがて力尽き、満60歳の生涯を終えた。
 結局、彼は、自らの描線の限界に殺されたのではあるまいか。

 片や、劇画の描線をついに身体化出来ずにいた手塚治虫は、晩年、「アドルフに告ぐ」において、劇画とは別の地平で完成期の描線にたどりつくものの、これまた満60歳の生涯を終えたのだった。
 余談だが、手塚の逝去に当たって、手塚が最後にたどり着いた描線の完成期について、やなせたかしが言及した同様のメッセージがあるのだが。

 嗚呼、ふたりの〝天才〟が見せた描線のマジック・サーカス。
 
 さあ、一方の天才である石ノ森のピークの「変身忍者嵐」の描線を味わってほしいのさ、あなたに。

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by misaochan3x6 | 2016-06-19 17:41 | まんが道(みち) | Comments(0)

サイボーグ009。

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by misaochan3x6 | 2016-06-19 12:34 | まんが道(みち) | Comments(0)

「劇画バカたち!!」の記。

【2016年6月5日(日)】

  5月に処分した段ボール箱30数箱分の本や雑誌の中で、この本だけは残したのだった。

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 未読だったような記憶があるのと、この作者(松本正彦氏)の木訥な表現の中に描かれた事柄が、何か本当らしいことのように思えたからなのである。

 そこが、同じ「劇画工房」の仲間である辰巳ヨシヒロ氏(故人)の「劇画漂流」とは違った味わいで好ましいのだ。
 「劇画漂流」には、ノンフィクションという形式に仮託したフィクションの趣があったので、だから、ボクは、その本を売ることにしたのである。フィクションの趣 、というのは、大向こうを意識したエンタメ性といい替えてもいいですね。
 辰巳ヨシヒロ氏は、同時代を生きた「劇画工房」の仲間たちのことを、自伝を通じて描きながら、読者をも喜ばせようとしたわけなのである。外連味(けれんみ)があるともいえますね。

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 しかし、フィクション(作り話)は、最後まで記憶に残る迫真力に欠けるので、将来ボクは、「劇画漂流」を再読することはないだろうと判断したのである。

 さて、楽器を処分し、阿佐ヶ谷の「ゴールド街」の現調のあと、最近行きつけの近所の公園にチャリで行き、このところ愛飲しているキンミヤ焼酎(25度)のボトルとジャスミン茶とマグカップをおともに、ベンチに座って焼酎のジャスミン茶割りをぐびりぐびりと飲みながら、松本正彦氏の「劇画バカたち!!」を読みふけったのだった。

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 そして、ボクの目の前にはボール遊びに興じる父と娘の姿があり、今すぐには戦争にかり出される心配のないこの日本に、とりあえず安堵するのだった。

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by misaochan3x6 | 2016-06-05 18:25 | まんが道(みち) | Comments(0)

類似品漫画1960’。

 昔のマンガは類似品が多かったんだが、当時の子供たちはそんなことにはまるで無頓着で、その子どもらをダシに儲けをたくらむ大人たちは、さらに輪をかけて無頓着だったのだ。
 というよりも、大人どもは、柳の下のどじょうを、二匹も三匹も狙いに行ったのである。
 いまから50数年前のことなのさ。

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by misaochan3x6 | 2016-05-28 18:38 | まんが道(みち) | Comments(0)

世田谷とわたくし。そして、浦沢直樹のこと。

 そういえば、しばらく世田谷区に足を踏み入れてないな~、と気づくのである。
 どれくらい足が遠のいているのかさえわからないな。チャリで30分も走れば区に届く距離なのに、このところ、極端に縁がないのである。

 小春日和の日に、チャリで東松原にでも出掛けてみたいものである。
 赤堤なんかもいいね。ここは、不況風などとはまるで無縁な、鼻歌混じりみたいに余裕をカマした金持ちのまちなのだ。

 そういえば、世田谷文学館は、いま浦沢直樹展なのか。

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 それに合わせてなのか、「美術手帖」も浦沢だ。

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 ボクはこの人の描線が大キライなのである。絵柄も含めてね。
 理由は、ない。キライなものは、キライでしかないのである。

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by misaochan3x6 | 2016-02-14 02:57 | まんが道(みち) | Comments(0)