〝パンク魂〟にとってジョン・ライドンとは何か。

a0141884_1930094.jpg072.gifSTILL A PUNK
ジョン・ライドン自伝
1986.8.20 4版
㈱ロッキング・オン


 さて唐突だが、結局、〝パンク魂〟とは、ジョン・ライドンのこの一言に尽きるのさ。
 -俺のステージでは、なにがあっても「ステージから失せろ」と言われる筋合いはないんだ。-


 ステージとは、まさに、〝ライフ(人生)・ステージ〟のことなのさ。 
 政治性とは対極にある、人間の自由というか尊厳という、のっぴきならない課題に直結したアティテュード(態度)のことなのだ。
 この自伝に貫かれている思想とは、ただひとつ、そのことなのさ。
 
 ところで、〝パンクはアティテュードだ〟っていったのは、確かジョー・ストラマーだったと思うんだが、ジョーがいうところの〝アティテュード〟には、何だか政治色がプンプン匂ってるよな。
 最終的にパンク・シーンの終焉に引導を渡した、クラッシュの大コケした3枚組のアルバム「サンディニスタ」で見せたこの、一種「欺瞞」に満ちた、政治色プンプンのレトリックを、ジョン・ライドンはこの自伝でこう喝破したものさ。

 -言わせてもらえば、パンクが始まった時にはクラッシュは存在してなかったんだぜ。あいつらは基盤作りになんの貢献もしていない。後から割って入ってきて、俺たちのコートをふんずけたまま上から座り込んだようなもんだろ?-

 つまり、そもそもパンクとは、欺瞞に満ちた政治的〝アティテュード〟とはまったく無縁の、<人間としての魂のかたち>だったってわけなのさ。
 それは、アイルランド移民の血を引いて生きるジョン・ライドンが、イングランドの首都ロンドンでは、労働者階級(コックニー)のくびきからは逃れる術(すべ)はないという、2重に引き裂かれた出自に由来しているようにも思えるのだが。(イングランドでは、コックニーのくびきから逃れるには、エンターテイナー(その代表は、歌手)になるか、スポーツ選手(その代表は、サッカー選手)になるしかないようだ。)
 
 うんにゃ、そこまでこねくり回して考えなくても、答えは彼のこの一言に中にすでに回答されているのかもしれないな~。

 -俺の友達にはなぜかジョンという名前が多かった。(中略)ジョンは、個人主義に取り憑かれた子供に定められた名前だったのかもしれないな。-

とね。
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by misaochan3x6 | 2010-02-14 03:27 | ロック道(みち) | Comments(2)
Commented by トオル at 2010-02-16 23:19 x
本当のパンクスはジョン・ライドン一人だけだったのかもしれませんね。
Commented by misaochan3x6 at 2010-02-17 04:09
the CLASHがCBSからレコードを出した時点(シングルWhite Riot,1977)で、パンクは終わったっていういい方もあるみたいでして。それにしても、早くもPILが1978年にはパンク・シーンから離脱して、一気に次の地平に到達していたっていうのは、いまさらながら驚嘆に値しますね~。ジョン・ライドン、やっぱりすげ~ヤツだわ。いまはどうかしんないけど…。


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