さくらとこもものおわかれの会。

【2016年10月2日(日)】

 親しくさせていただいているなかを社長と、そのご友人の岩田さん。
 そして、なかを社長の愛犬の柴犬のさくら(母)と彼女の娘=こももにボクを加えたこの5人は、なかを社長の車に同乗して、旅する仲間であったのだ。

 わんこを数えるのに、人間を数えるのと同じ数え方=「人(にん)」とは何事ぞ、という方もおられるに違いないのだが、一度(ひとたび)、動物と同じ屋根の下で暮らし、ましてや、ともに旅するまでになった仲のわんこを数えるのに、ボクは「匹」とは絶対いえないし、「頭」とも数えられないのだ。
 非常識と指さされようとも、さくらとこももとボクらは、誰が何といおうとも、5人の仲間だったのである。

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 奥の毛並みのよいのが母のさくら、そして、手前が娘のこもも。こももは、母よりも体が大きいのだ。
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 2007年3月の伊豆への旅を皮切りに、2015年6月のつくばへの旅が最後となったその軌跡はここに。

【2007年】
 2007年3月3日(土)/伊豆高原で1泊して来ました。(1)
 2007年3月4日(日)/伊豆高原で1泊して来ました。(2)
 2007年3月4日(日)/伊豆高原で1泊して来ました。(3)
 2007年3月4日(日)/伊豆高原で1泊して来ました。(4)
 2007年3月4日(日)/伊豆高原で1泊して来ました。(5)
 2007年3月4日(日)/伊豆高原で1泊して来ました。(6)
 2007年3月4日(日)/伊豆高原で1泊して来ました。(7)

【2012年】
 2012年9月29日(土)/箱根2DAYSア・ゴーゴー!!(1)仙石高原編
 2012年9月30日(日)/箱根2DAYSア・ゴーゴー!!(2)大涌谷編。

 2012年10月27日(土)/南房総2DAYSア・ゴーゴー!!(1)
 2012年10月28日(日)/南房総2DAYSア・ゴーゴー!!(2)

 2012年12月15日(土)(1)/草津ロックン・ロール・サーカス2012(1)
 2012年12月15日(土)(2)/草津ロックン・ロール・サーカス2012(2)

【2013年】
 2013年10月12日(土)/伊豆高原ア・ゴー・ゴー2013<秋編>(1)
 2013年10月13日(日)/伊豆高原ア・ゴー・ゴー2013<秋編>(2)

 2013年11月23日(土)/草津ア・ゴー・ゴー2013<ウィンター編>(1)
 2013年11月24日(日)/草津ア・ゴー・ゴー2013<ウィンター編>(2)

【2014年】
 2014年1月18日(土)/マウント富士周辺ドライブ・ア・ゴー・ゴー!!(1)
 2014年1月19日(日)/マウント富士周辺ドライブ・ア・ゴー・ゴー!!(2)

 2014年12月13日(土)/草津ア・ゴー・ゴー2014<師走編>(1)
 2014年12月14日(日)/草津ア・ゴー・ゴー2014<師走編>(2)

【2015年】
 2015年2月28日(土)~2015年3月1日(日)/那須に行って来ましたの巻。
    ※諸般の事情により記録なし。

 2015年3月14日(土)伊香保行(1)
 2015年3月15日(日)伊香保行(2)

 2015年6月20日(土)~21日(日)つくば 2015.6.20(sat)~2015.6.21(sun)

【番外編/2005年】
 2005年11月、ボクは、「石飛仁と行く古代出雲ツアー」に参加し、20日(日)に島根県雲南市三刀屋という土地でで行われた『御門(みかど)火まつり』に臨んだあと、現地に1泊したことがある。
 この時、縁あって、東京から車でさくらと一緒に山口県に墓参りに行かれる途中だったなかを社長とここで合流し、宿泊施設でさくらと同じふとんで寝たのだった。
 さくらはその時、まだ処女である。わんことはいえ、生娘と同衾(どうきん)出来たことは、ボクにはとても思い出深い体験になったのだった。

 そんな風にして、ボクら5人は旅を続けて来たのである。

 しかし、今年、5月、その一角が崩れる。

 母のさくら(2003年11月4日生まれ)が、5月22日(日)に亡くなってしまったのである。
 享年12歳6ヶ月18日。

 残された娘のこもも(2006年9月10日生まれ)は、母亡きあと、落ち込むこともなく無邪気に暮らしていたとのことだが、やがて彼女も病を発症し、9月28日(水)の夕方、母を追うように旅立ったのだった。
 享年10歳18日。

 そして、この日、ボクは、なかを社長宅で催された「さくらとこもものおわかれの会」に、アコギをかついで出席して、彼女らの霊前に数曲を捧ぐ。
 その中には、2014年8月13日(水)、やはりアコギをかついで郷里に帰り、高校時代の同級生で、舌癌で逝ってしまった友人を弔うために、彼の霊前で歌ったこの歌も含まれていたのである。




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 母であるさくら(写真下/右)は、道を歩くと誰でもが振り返る美人だった。そして、娘のこもも(写真下/左)は、上戸彩に似た二重で、とてもかわい子だったのだ。

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 同じく、母のさくら(写真下/右)と娘のこもも(写真下/左)。 

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美人のさくら▼。

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上戸彩に似たこもも▼

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 歌のあと、彼女らを偲んでの酒席は、なかを社長、岩田さん、ボクの3人で午後5時前から始まり、途中、岩田さんが午後9時半に席を辞されたあとも23時頃まで続き、ボクが彼女たちからもらったたくさんの思い出や、彼女たちへの思いを語るうちに、ボクはついに感極まって、恥も外聞もなく、声を上げて男泣きに泣いたのであった。
 これは、わが愛猫の「駒ちゃん=駒吉」が亡くなったあの日と同じ光景である。

 この日、ほとんど半世紀ぶりくらいににギターを弾いたという岩田さんは、ポロンポロンと弦を爪弾く内に見事に「赤色エレジー」のコード進行を思い出し、ここに、新しい表現者=「エレジー岩田」が誕生した瞬間であったのだ。
 その導きを、さくらとこももがしてくれた夜なのであった。
 合掌。

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by misaochan3x6 | 2016-10-08 15:52 | しょのほか | Comments(0)


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