夏休みとわたくし2016。そして、40年前の1976年のこと。

【2016年8月10日(水)】

 8月15日(月)までの6日間の職場の夏季休暇がスタート。けふはその初日なり。
 奥さんとみーちゃんとボクの3人で終日を過ごす。

 その昔、たぶんFMレイディオの放送か何かで、欧州からジャポンに長期出張して来たフォリナーが、自国の人にジャポンのサマーホリデーの様子について聞かれた際に、お盆休みのわずかな日しか休まないジャップの習慣を伝えると、その余りの少なさに呆れて冷笑されたとかっていうエピソードを聞いた気がするな。
 
 自分を殺し、文句もいわず、いわれたことにはひたすら従う「忍従」を美徳とするのが、わが国=ジャポンならではのメンタリティー。
 ま、そんな国に生まれ、今年は58回目の夏休みとなるわけです。

 そして、上京した1977年の夏は千葉市で迎えたのですが、その後はずっとTOKIOでの夏なんです。
 いまは病床にある父と、そして母、妹と一緒に過ごした実家での〝家族最後の夏〟は、いまここに記しながら、改めて1976年の夏だったとことを思い起こしています。
 その時、ボクは、地元での浪人生(18歳・童貞)なのでした。

 

 そして、翌年の1977年には、故郷を離れてのボクのひとり暮らしが始まるわけですが、いまにして思えば、子ども(=息子であるボク)と離れ離れになってしまったそれ以降の父親と母親の心中は、いかばかりであったのでせうか。

 自分に振り返っていえば、息子が家を出て行き、奥さんとふたりきりになってしまったある種の寂しさを感じられるようになったいまでこそ、ボクが思い遣れる両親の心情なのでありますよ、ブラザー。
 南無三。

 072.gifPS.
 1976年は浪人生活を強いられていたので、この年の音楽体験の記憶は一切ありませんが、この年リリースのアルバムを後付けで調べてみたら、この盤に行き当たったのであります。

 060.gifSilk Degrees/Boz Scaggs
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 この後、ボズを筆頭とするAOR(アダルト・オリエンティッド・ロック)の快進撃が始まり、翌年の1977年、パンクの台頭と交錯するのであ~る。





 当時、ふたつの相反する音楽的な潮流に身を任せながら、それぞれのリアルを感じていた20歳のボクなんです。その結節点ともいえる象徴は、この曲かも知れませんね。



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by misaochan3x6 | 2016-08-10 21:11 | 自分遺産 | Comments(0)


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