入院日記・番外編(3)/読書とわたくし・藤澤清造の長編小説「根津権現裏」

【2012年7月17日(火)】

 この日から、西村賢太の師たる藤澤清造の長編「根津権現裏」(新潮文庫)を読み始める。

 文庫本の帯には、「幻の小説が、90年の時を経て甦る。」とあるね。
 初版の発行は、大正12年(1922年)4月、著者34歳の作だ。
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 読み始めてすぐにわかったのは、藤澤清造の「没後弟子」を自認し、石川県七尾市にある藤澤清造の墓の隣に、2002年6月に生前墓を立ててしまった西村の文学的な出自(=文体の獲得と<私小説>という表現スタイルの獲得)は「根津権現裏」に由来するということであり、見慣れぬ、聞きなれぬ以下の表現は、みな、この「根津権現裏」に散見されるのである。

 「結句」、「云う」、「すぐと」、「とうどう」「慊い(あきたりない)」、「曩め(はじめ)」、「購め(もとめ)」、「果敢なくなってしまった」、「ほき出した」、「篦棒」、「罵詈讒謗」、「閑所」、「買淫」。

 さらに、「はや」、「どうで」といった出自不明の副詞。
 
 この内のどれかが、藤澤清造の出身地である能登方言に由来するもののようであるとは、何となくわかって来たんだわさ。
 あとは、本人独特のものの謂(い)いか、当時の日本語のスタンダードであるのかも知れないね。

 西村本人のいう「大正時代の澱(おり)」の中の、まさに澱中の澱である藤澤清造の〝文体〟という胎内をくぐり抜けて血肉化された澱こそが、西村賢太の文体であることが、ようやくわかったのだ。

 あれっ!? 金さえあれば毎日「買淫」したいといったのは、師匠の方だっけ、弟子の方だっけ?

 それにしても、「根津権現裏」、どうでもいい小説である。

 いま、59章中、36章までを読み進めて来た時点でいうと、3行で終わる表現を、文庫本のページ数でいうと200ページ近くをかけて延々書き続けられる、藤澤清造という男のその粘着体質というか、駄文に賭ける物書きとしての情動には、ただただ恐れ入るばかりである。
 とはいえ、この小説の初版本の題字は高村光太郎であり、当時、田山花袋が島崎藤村がこの作文を激賞したというのだから、これも恐れ入るのである。

 
 しかし、その作品に惚れ抜き、新潮文庫にいきなり文庫オリジナル版として復刻ランクインさせ、(西村本人いわく、このレーベルの文庫化の売り上げ目標を基準としたハードルはかなり高いのだそうである)、しかも、ボクが手にしている判の時点で、平成23年(2011年)7月1日発行/平成23年(2011年)11月25日三刷にまで売り上げさせたという点では。西村賢太の妄執や恐るべし、といった結果なのだ。

 いずれにしても、藤澤清造の「没後弟子」を自認する西村賢太の〝人生を変えた本〟(西村本人の弁)という動機付けがなければ、とうてい読む気など起きない本なのである。 
 「どの仏を尊しとするかは本人の勝手である。ほっとけ!!」といったようなニュアンスのことを、確か西村はどこかで書いていたような気がするな。

 ま、長い読書人生には、こんな無駄道があってもいいのかも知れないな。

 ああ、それにしても、「根津権現裏」、どうでもいい小説である。
 くどいわ、語り口が。


 死んでしまえ、といった時には、すでに藤澤清造、昭和7年(1932年)1月29日(金)の朝、慢性の性病に由来する精神異常の結果、芝公園の六角堂内で凍死体となって発見されたのである。
 享年44歳。
 南無~。
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by misaochan3x6 | 2012-07-19 06:06 | 入院日記 | Comments(0)


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