いまさらの「 ハレンチ学園」。されど、永井豪。

【201年11月12日(土)】

 この日、お約束の高円寺ルック商店街にある古本と古着の店「アニマル洋子」の店頭100円ワゴンで買ったのは、「JUMCPMICS ハレンチ学園」全13巻の内、⑥⑦⑨⑪⑫の5巻だ。


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 この作品、ウィキペディアで調べてみると、以下のように[第1部]~[第3部]までの連載と記述されていたのだった。
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[第1部]
 1968年8/1創刊号(週刊化前)読みきり掲載・他短編挟んで連載へ~1970年(昭和45年)7/20(30)号
 「少年ブック」「別冊少年ジャンプ」にも掲載あり。
 〝ハレンチ大戦争〟はこの部に含まれる。永井自身は〝ハレンチ大戦争〟で物語世界を完結したのだが、編集部の強い意向により第1部完という形となった。

[第2部]
 1970年(昭和45年)8/24(35)号~1971年(昭和46年)2/8(7)号
 ハレンチ大戦争から3年、15歳で大学を卒業し教師となった十兵衛は聖ハレンチ女学園を叩き潰すために乗り込む。山岸は十兵衛を追い妹のマミと聖ハレンチ女学園に入学する。

[第3部 ]
 1972年(昭和47年)1/1(1)号~1972年(昭和47年)9/25(41)号
 連載時はサイドストーリー「ヒゲゴジラ伝」が間に挟まり、その頭から第4部と称されていたが、その前後は同一設定上のストーリーのため、ここでは第3部とする。
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 さて、ボクが買った⑥巻は、〝ハレンチ大戦争〟で幕を閉じる第1部 の終了巻だったのだが、余ったページに「キックちゃん」「ウルトラスパイヒゲゴジラ」「ファイティング・パンツくん」「ハンターく」が収録されている。

 週刊化前の「少年ジャンプ」1968年 8/1創刊号からの連載開始以来(この時、ボクは小5)、43年の時を経て、はじめて「JUMCPMICS版」でこの作品に触れることになる。
 
なぜなら、ボクの母親はどちらかというと教育ママの部類で、小学校の頃にマンガ週刊誌やマンガの単行本など買ってもらえなかったのである。
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 それに、当時住んでいたところが田舎なのでTV放映もしてなかったしね。



 あの頃は、ボクの通っていた小学校の教室でもスカートめくりが流行っていて、同級生の男の子の中にはスカートをバンバンめくっているヤツもいたのだが、ボクには出来なかったな~。
 男だから当然やってみたかったんんだけど、ついに、自分の殻を破れなかったんだよな。

 さて、〝ハレンチ大戦争〟で完結する第⑥巻では、後の「魔王ダンテ/1971年『週刊ぼくらマガジン』連載」~「デビルマン/1972年『週刊少年マガジン』連載」~「バイオレンスジャック/1973年『週刊少年マガジン』連載」に通じる、<2大勢力の激突による戦争での世界の終焉>という、この作家の終末観が早くも露出していて興味深いのだ。

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[第3部 ]
 1972年(昭和47年)1/1(1)号~1972年(昭和47年)9/25(41)号
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 [第1部]でやめておけば、マンガ史において高い作品価値を残せたものを、二匹目のどじょうを狙うジャンプ編集部(一ツ橋系)の欲に押されて、結局、[第3部 ]まで描かされた永井豪だが、一方、デビューを飾った音羽の杜=講談社では、「週刊ぼくらマガジン」での「魔王ダンテ」の連載(1971.1/1 1号~6/1 23号)を経て、「週刊少年マガジン1972年 25号」で、「デビルマン」の連載を開始しているのだ。

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 身過ぎ世過ぎとしての漫画家人生と、商業誌の限界の中で、描きたいものを描きたいという表現者の<境界>が交錯した永井豪の1972年ではなかったか。 
 
そして、この年、ボクは高校受験を控えて、まさに崖っぷちに立っていたのだった!!
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by misaochan3x6 | 2011-11-13 12:15 | まんが道(みち) | Comments(0)


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