原子力行政の功罪。まちかどのパン屋が被る影響。

【20111年8月17日(水)】

 人類史上唯一の被爆国であり、しかも、いまや原発ノー・コントロール状態の中で、〝被爆メイキング国〟でもあるという、核に二重に呪縛された稀有なステイタスに生きるわがニッポン国。

 罪深きは東電、というよりは、ツッ込むべきなのは、原子力利権をめぐる強欲列島のアイツだったり、コイツだったりするのだが・・・。
 まったくもって、この地上の煉獄は、いつの世も〝越後屋〟だらけなのだ。
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 さて、その影響を受けて、いまひっそりと営業を停止したまちかどのパン屋がある。
 072.gifここだっせ!!

 縁あってこのパン屋に、2003年1月~2004年8月までの20ヶ月間、移動販売車に乗って焼きたての無添加パンを販売したことがある。
 ここでは、熟練した経験で頭と体を直結させて仕事をする職人の生理というか身体性だとか、人を牛馬のように使役する飲食関係経営者の体質だとか、オフィス街ではない庶民のまちなか(商店街)での生活感といったものを体験することが出来たのだ。

 ところで、この国では、35歳を過ぎた男子には、前職よりも高いランクの仕事に就くことは至難の業(わざ)であって、その例に漏れず、いろいろあって転職を余儀なくされたその当時のボクの選択肢としては、持っているライセンスは普通自動車免許しかなく、自分を切り売りするには、この店に身を寄せて、車でパンの移動販売をするしかなかったのである。

 そして、この頃、人間の生き方には、3つのパターンがあることに気がついたのさ。
 すなわち、

 (1)給料をもらい続けるだけの人生・・・サラリーマン
 (2)給料を払い続ける人生・・・社長業
 (3)自分の給料を自分で稼ぐ人生・・・自営業

とね。

 このパン屋で、当初ボクは、(1)のパターン、すなわち給料制で働いていたのだが、後に(3)の生き方にスイッチする方法もあるのかなと意識し始めた頃、このパン屋のオヤジに歩合制を勧められたのである。
 しかし、歩合制にすると、当時のボクの営業成績では、手取りが8万円くらいにしかならず、これでは生活が成り立たない。ましてや、パンの売れない夏場になると、この手取額は半減するだろう。(気温が28度を超えると、パンは売れなくなる賞品なのである)
 というわけで、結局、体のいいリストラクチャリングであったこの申し出に乗ることは出来ず、ボクはこのパン屋を辞したのである。

 世間の評判としては、毀誉褒貶相半ばするオヤジであった。
 従業員の立場からいえば、「パンは無添加として本物を指向しているのかも知れないが、経営者の人格としてはニセモノだった」といえるのである。

 その閉店に何の感興もわかないが、一時は身を寄せた縁(えにし)だけは体に滲みているのであるが。いろんな意味でね。

 それにしても、この店だけで守れる〝食の安全〟がどれほどのものであるというのか。 店主の独善に巻き込まれ生活の基盤を揺さぶられる(1)の生き方の人間には、なかなかにツラい選択ではあるのだが。

PS.その後、この国には、さらにもうひとつの生き方があることに気づかされたのさ。 すなわち、
 (4)たかり続ける人生・・・天下り
とね。
 そして、ボクは、あいかわらず(1)の人生を続けているのである。
 南無~。
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by misaochan3x6 | 2011-08-17 20:42 | 自分遺産 | Comments(0)


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