石巻で。

【2011年6月4日(土)】
 陸前高田初上陸後1ヶ月、縁あって石巻市内の被災状況を車に乗せてもらって見る機会を得たのだった。
 現場で見知った同市の被害の実態とは、市内の中心を流れる北上川に津波が逆流し、川を溢れさせ、川底のヘドロが鉄砲水となって市内中を襲い、建物等を破壊・倒壊させたというものだ。
 石ノ森萬画館もこの市内にあるんだよ。

 市内中に堆積したこのヘドロは、やがて乾燥し、風に舞い、いまや微細な泥の粒子が市内全体をスモッグのようにうっすらと覆っており、市内を歩くには、マスクが欠かせないと感じられたのだった。
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 車で市内を案内してくださった方によれば、この粉塵が原因となって、肺の中にまだらに炎症が散らばるタイプの肺炎が流行しているとのことであり、さながら、〝アスベスト禍〟を思わせた。
 また、河口近くでは、海からの津波の被害と相まって、被害はさらに大きくなった模様であり、移動中の車窓からは、建物の壁に残された泥の跡が確認できて、汚泥が胸よりも高い位置に押し寄せたことを認識することができたんだ。

 当初、記録用にたくさんの写真を撮る気でいたものの、移動中、車窓から次々に目に飛びこんで来る現場の生々しさに、次第に気分が重くなって、まさに〝心が折られる〟という感じになってしまい、とうとう写真は、石巻市内での最後の停車地で数カットを撮るに止まってしまったのさ。
 また、石巻市は漁港のまちでもあるだけに、市内では、魚の腐敗臭なのか、市内全体を異臭が覆っている状態で、この匂いもまた、人の意気を消沈させるには充分なものだったんだ。

 それにしても、実際にこの目で見た被災現場は、一体どこから手をつけていいかわからない状態で、ここ石巻市もまた他の被災地と同様に、復興に向けた遙かに遠い道のりでの再出発を余儀なくさせられていた。
 市内のここここで見かけた「がんばれ東北」、「がんばれ石巻」、「がんばれ石巻」の常套句が実に実に無力というよりも愚鈍に感じられたのさ。
 現実は、〝がんばりようがない〟のである。
 人々は、とっくにがんばっているのである。避難所での強ストレスにさらされながらも。

 さあ、いつまでも思考停止中のジャップどもよ、いまから6~7年前に、とあるフリーペーパーのインタビューでブチかました吉川晃司の卓越したこのコメントをキミらに叩きつけてあげるぜ。

 がんばれいうな。
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by misaochan3x6 | 2011-06-13 20:45 | 自分遺産 | Comments(0)


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