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三連休ア・ゴー・ゴー(3) 

【2010年10月11日(月)・

 なんなんじゃい、10月も半ばやいうのに、この暑さは!!くわっ!!
 終日、Tシャツ・短パン・ビーサンという夏の定番3点セットで過ごす。
 家の近所では季節外れの蝉が鳴き、ボクは室内にいた1匹の蚊に体のあちこちを刺されてしまったんだわさ。ぎゃふん!!

 で、この日の午前中は、居間で寝っ転びながら、お約束のケーブルTVの邦画専門chで、「太陽を盗んだ男」(監督:長谷川和彦/1979年)を途中から観始める。
 

 1週間前に、ヒロシマで原爆について、いやさ、原爆をとりまく戦後ニッポンについての考えを巡らしていただけに、原爆ドームを現物として見る数年前にこの作品を観た時の印象とは、また一味違ったものを感じながら観たのであ~る。
 人間、いくつになっても勉強だ。
 生きている限り、<成長>は止まらんもんなのよん。ルルル~♪
 ちなみに、監督の長谷川和彦は、原爆の街ヒロシマの出身だったはずだ。

 嗚呼、それにしても、’60年代後半から続いた学生運動の終焉を告げる’70年代後半の、あの時の閉塞感を思い出してしまったんだわさ。
 そうさ、この時、ニッポンは確実に行き詰っていた。
 成長のシナリオの書き方がわからなくなっていたからね。
 んがしかし、と同時に、今と違って当時のニッポン人の誰しもが、それでも放っておいてもこの国は何とかなるさと思っていたのである。
  この閉塞感を、当時のフィルム・メーカーのマーチン・スコセッシが「TAXI DRIVER」(1976)で描き、フランシス・コッポラが「地獄の黙示録」で描いたのさ。
 そして、1979年、その時ボクは21歳だったのよん。
 それから31年、ニッポンがここまでダメになるとは、当時の誰が想像し得ただろうか。いや、誰も出来ないさ。



 このログを書きながら、その2人ともが伊太利亜系亜米利加人であり、かつ、第二次大戦中は、わが国にとって枢軸国側同盟国の人間であることに気づいたのだ。ぱおーーーーん!!
 ところで、ふつ~なら、ボクがTVで映画を観ているのなんて、奥さんにとってはチャンネル権を奪われて我慢出来ないことなのだろうが、彼女は主演の沢田研二のファンなので、黙って最後までボクにつきあって観ていたのには笑ってしもうたよね。

 さて、映画を観終わった後、チャリで阿佐ヶ谷のミスタードーナツに赴き、’71年リリースのドーナツや、’80年リリースのドーナツの復刻版を買い出しに出かける。
 ’80年リリースのドーナツの復刻版は、奥さんのリクエストだったのさ。
 結局、奥さん孝行した日だったのかな?

 夕方、眼鏡を作りに近所の大手眼鏡屋チェーンに赴く。
 老眼と近眼路乱視が進み、書類をチェックしてDB(データベース)に入力していくという日々の仕事に支障が出始めたからね。
 ま、三連休の最後は、こんな日だったのさ。

 で、 この日も肩凝りがひどくて疲れが取りきれない日で、何だかな~という感じ。HELL FUCK!!

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by misaochan3x6 | 2010-10-11 18:41 | 自分遺産


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